読後『砂の女』安部公房 (後編) 〜セレンディピティの本質〜|日本語3.0

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読後『砂の女』安部公房 (後編) 〜セレンディピティの本質〜


前に書いた安部公房の「砂の女」の書評の続きです。


前回までのあらすじはこちらです。
http://tamonfalcon.sblo.jp/article/95868181.html?1521594158


砂の集落に閉じ込められた男が元の世界に戻るために
抗議、脱出、ボイコットを試みるも全て失敗。


特に脱出した時は砂地獄の中に埋もれていき
死にかけたところを村人に助けてもらうという醜態を晒します。


その時男は自分が嫌で嫌でしょうがなかった砂かきが
自分の生活を支えていたことに気づきます。


つまり、この男の心情は現代の社会人の心情を表したものです。


・自分の名を残すために新種発見のため昆虫採集に出かける
→夢や希望を持って会社に就職する


・しかし、自分のしたくもない砂かきをさせられる
→自分の希望と違う部署に割り当てられ、つまらない仕事を
 割り当てられる


・ボイコットしたり脱出をしたりするも失敗。砂に飲み込まれ
死にかける。
→転職をしたり、起業を試みるも失敗。破綻して露頭に迷う。


最終的に自分が嫌で仕方がなかった労働のおかげで
生活できていたのだと気づき、真面目に働き始める。


こんな体験をしている社会人は多いでしょう。


さて、あなたはどうするでしょうか?
現状に甘んじるのかそれとも新たに何か行動を起こすのでしょうか?


男の最後の試みを見てみましょう。


男は家の前に罠を仕掛けます。

なんの罠かというと

「罠の仕掛けは砂の性質を利用したごく簡単なものである。
やや深めに掘った穴の底に木の桶を埋め、小さめの蓋を、3ヶ所ばかり
マッチ棒程の楔で止めてある。その楔のそれぞれに、細い糸が
結んである。糸は、2の中心の穴を通して、外の針金と連絡している。
針金の先には餌の干し魚が突き刺してある。さて、その全体が、
慎重に砂でかくされ、外から見れば、砂のすり鉢の底に、餌だけが
見えているという仕掛けなのだ。カラスが、餌をくわえるやたちまち
楔が外れ、蓋が落ち、同時に周りの砂がどっと崩れて、
カラスはすっぽり生き埋めになる」



そうしてこの捕らえたカラスに手紙をくくりつけ
外へ助けを求めようという算段です。


男は決して諦めていなかったのです。


しかし、男の最後の足掻きも虚しく、鳥が罠にかかる
気配は全くなく、相変わらず砂と格闘する日々が続きます。


ついにこの罠の餌が腐ってしまい、がっかり肩を落として
掃除を取り外した時、男は驚きのあまり作業していた手を止めます。


なんと桶に水が溜まっていたのです。


砂表面の蒸発によってポンプのように地中の水分が組み上げられ、
その水分が桶にたまっていたのです。


男の心情が以下のように語られています。


「依然として穴の底であることに変わりはないのに、
まるで高い塔の上に登ったような気分である。
世界が裏返しになって、突起とくぼみが逆さになったのかもしれない。
とにかく、砂の中から水を掘り当てたのだ。あの装置がある限り、
部落の連中も、めったな手出しはできないわけである。
いくら水を断たれても、もうビクともしないで済ませられるのだ。
連中が、どんなに騒ぎうろたえるか、思っただけで、また笑いが
こみ上げてくる。
穴の中にいながら、すでに穴の外にいるようなものだった」p261



今までは部落の人間の水と食料に頼って生活していましたが、
この装置の発見によって水を止められても困らなくなりました。


男は自分の立場を強固なものとするため、
どの場所、どの季節、どの時間帯に設置すれば最適に水を集められるか
1年がかりで実験していきます。


そして最終的にどうなったのでしょうか?
男の実験結果と脱出計画はどうなるのでしょうか?


以下はこの小説のラストですが、男の心情と状況の変化に
注目して読んでください。


「水は計算で予定されていた通り、4の目盛りまでたまっていた。
・・・泣きじゃくりそうになるのを、かろうじて堪え、桶の中の水に
手をひたした。水は切れるように冷たかった。
そのままうずくまって、身じろぎしようともしなかった。

別に慌てて逃げ出したりする必要はないのだ。いま、彼の手の中の
往復切符には行き先も、戻る場所も、本人の自由に書き込める余白に
なって空いている。それに、考えてみれば、彼の心は流水装置のことを
誰かに話したいという欲望で、はちきれそうになっていた。
話すとなれば、ここの部落の者以外の聞き手はまずありえない。
今日でなければ、多分明日、
男は誰かに打ち明けてしまっていることだろう。

逃げる手立ては、またその翌日にでも考えればいいことである」


驚いたことに女が妊娠しており、通院のために部落と家とを行き来
するためのはしごまで常設されていたのです。


最初は「貯水装置のおかげで部落の人間たちをだしぬける」
そう息巻いていたのにも関わらず、この装置のことを
部落に人に伝えたいと述べています。


また大きな環境の変化として女が妊娠しはしごが常設
されている点です。

つまりいつでも脱出できる状態なのです。


なぜ男はすぐに脱出しないのでしょうか。

なぜ憎き部落の人間に
貯水装置の仕組みを教えようとしているのでしょうか。


一言で言うと男は当初の目的を達成したからです。



男の当初の目的は「自分にしか残せない功績を残したい」
というもので、そのために昆虫採集に出かけて
この部落の罠にはまったのでした。


そしてその部落の人間の仕打ちに反発し、逃げ出そうとするも
全て失敗します。


最後の足掻きとして作った鳥用のわなも失敗した様に見えましたが、
結果それが貯水装置の発見につながりました。


この貯水装置こそが誰もしていない発見であり、
男が当初から求めていたものなのです。


しかし、功績というものは隠しても意味がなく
発表してこそ価値があります。


じゃあ、いますぐ梯子を使って外に逃げ出し、
外の人間に教えればいいのでしょうか。


そんなことをしては意味がありません。


なぜなら外の世界には水道が完備されており、
蛇口をひねればすぐに水が出てきます。


そんなところでは男が発見した貯水装置の価値は
全くないのです。


したがって男の発見はこの砂地でしか価値がなく
発表する相手は部落の人間しかありえないのです。


男は最後に
「逃げる手立てはそれから考えればいい」
と言っていますが困難にも負けず試行錯誤して発見した貯水装置と
この砂地こそが男の生き場所になったのです。


また、男が貯水装置を発見する過程には
大発明の本質について書かれています。


最初はカラスを捕まえるために作った装置が失敗し、
その失敗が装置発見に繋がりました。



ペニシリンを発見したフレミングも不注意で実験器具にカビを
生やしてしまいましたが、そのカビの中からペニシリンを発見しました。


科学界だけでなくビジネスの世界でも
失敗がのちの成功に化けることや
当初の意図と違ったところで成功することはよくあります。


いわゆるセレンディピティです。


しかし、セレンディピティを期待できるのは困難にも負けず
諦めずに試行錯誤している人だけにしか起こらないのです。


「生きづらい場所でも試行錯誤して諦めなければ
オンリーワンの足跡を残せる」


そんな安倍氏のユーモア溢れるメッセージを読み取ることができます。


比喩もさることながら、卓越した文章力によって
引き込まれることは間違いなしです。


ぜひご一読下さい。

『砂の女』安部公房


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2014.05.09 | コメント(0)
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