読後「ツァラトゥストラかく語りき」 ニーチェ 〜天才ニーチェが語る天才の特徴A〜|日本語3.0

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読後「ツァラトゥストラかく語りき」 ニーチェ 〜天才ニーチェが語る天才の特徴A〜


先日のニーチェの書「ツァラトゥストラかく語りき」の書評の続編、
天才の特徴についてです。

『ツァラトゥストラ』


5、天才は誹謗中傷にさらされる。


 「君たちが俺といっしょにどこへ登りたいにせよ、おお、兄弟よ。寄生虫をくっつけて登らないよう、気をつけるのだ!寄生虫。こいつは這って体を曲げる。病気の君たちの傷口に喰いついて太ろうとする。登っていく魂の、どこが疲れているのか。それを察知するのが、寄生虫の技だ。君たちの悲嘆や不満のなかに、君たちの繊細な恥じらいのなかに、寄生虫は吐き気をもようされるような巣をつくる。


「寄生虫」また奇妙な用語が出てきました。

ここでいう「寄生虫」とは凡人よりもっと下等な誹謗中傷する人たちです。

天才と呼ばれる人たちが成果を出しているのを妬みからか商売だからか、人を蹴落として安心したいからか中傷してくる人たちのことを指します。

「病気の君たちの傷口に喰いついて太ろうとする」と書いていますが例えばある起業家やアーティストが失言したとします。

そうすると一斉に物申す系のブロガーやYoutuberや週刊誌、ワイドショーのコメンテーターたちが一斉に叩きます。


彼らは自分が何もできないため頑張って成果を上げて有名になった人をバッシングして名を上げることに終始します。

「登っていく魂」とは志高い天才起業家やアーティストで「太ろうとする」「巣をつくる」とはそれで金儲けをしているそんな連中のことを指しています。

「存在しているもののうち何が最高の種で何が最低の種なのか?寄生虫は最低の種だ。しかし、最高の種である者が最も多くの寄生虫を養っている。

ニーチェは寄生虫は最低の種だと言っていますが、最高の種とはいうまでもなく高い志を持った天才たちです。

なので、何も悪いことや犯罪を犯したわけでもなく言葉尻を掴まれたり、少しのミスで謂れなき誹謗中傷にさらされ出したらそれはあなたが天才であり、高い志を持って歩んでいる証左とも言えるのです。

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6、寄生虫は無視せよ。

「自分を抑えて、通り過ぎるほうが、もっと勇敢であることがしばしばある。もっとふさわしい敵のために自分をとっておくためだ。憎むべき敵だけを持つべきだ。軽蔑すべき敵は持つな。自分の敵を自慢できなければならない。すでに一度、そう教えたことがある。 

何か新しいことに挑戦する際に好奇の目で見られたり、時に嘲笑や誹謗中傷にさらされたりすることがあるでしょう。

しかし、そんな「寄生虫」は何もできないので誰か他の人の批判をして溜飲を下げているだけなので、相手にすると自分のレベルまで落ちてしまうのです。

「自分の敵を自慢できなければならない」と言っていますが、戦うべきは本当に自分と同じように情熱や時間を使命のために注いでいるライバルだけです。

「寄生虫」と戦うのは時間と労力の無駄にしかなりませんが、そんな敵に勝って行くことは自分を成長させることにもつながります。

「君たちの道を行くんだ。民衆や国民には好きな道を行かせればいい。実際、連中の歩く道は暗く、たった一つの希望の稲妻さえ走らない」


雷同し、批判してばかりの人の意見には耳を貸さずに無視すればいいのです。そんな人は勝手に自滅していきます。


7、正義は悪よりも危険

「おお、兄弟よ!人類の未来にとってもっとも危険な人物は誰だ?それは、善良で正しい人たちではないのか。つまり、次のことを言い、心に感じている連中ではないか。
『何が善で何が正しいのかわかっているのです。じっさい、私たちには善も正しさもあります。ここで、まだそういうものを探している人は大変です!』

悪人がどんな災いを引き起こそうとも、善人の引き起こす災いほどひどいものはない。」


ニーチェは善良で正しい人たちがもっとも危険だと言っていますがなぜでしょうか?

なぜ悪人が起こす災いよりも善人の災いの方がひどいのでしょうか?


実は歴史上で起きた多くの戦争や大虐殺は悪人ではなく多くの善人たちが少数の悪人に命令され、協力して起きたことなのです。


あなたは「悪の凡庸さ」という概念をご存知でしょうか?

ユダヤ人思想家、ハンナ・アーレントがナチスが引き起こした行為を分析、考察した結果、提唱した概念です。

アイヒマンといえばアウシュビッツ強制収容所の所長であり、とても凶悪で冷酷な男かと思われていましたが、捕虜になった彼と話した人の話によるといたって普通のおとなしい人間だったということです。

カンボジアの独裁者ポルポトの指導の元で大量虐殺を実行した幹部たちと対談した明石康氏も同じようなことを述べています。


つまり、国民の約4分の1を虐殺した幹部たちは小心者で凡庸な人間性だったと。


考えてみればこれだけの惨劇をヒットラーやポル・ポトなど少数の悪人だけで行えるはずがありません。


もちろんドイツやカンボジアで大量虐殺が起きたからと言ってドイツ人やカンボジア人がもともと残虐な人種だったかというとそうではありません。

多くの人間たちは元々は善人なのです。

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悪事に加担しやすい善人の特徴についてニーチェは次のように述べています。

『何が善で何が正しいのかわかっているのです。じっさい、私たちには善も正しさもあります。ここで、まだそういうものを探している人は大変です!』

つまり、何が正しいかは絶対に決まっている、ルールや道徳は絶対であると思い込んでいる善人たちです。

ルールや道徳観は時代によって変わりうるのですが、思考なき凡人、善人たちはそれがわからずとにかく今決まっているルールや常識を正しいと信じて愚直に守り続けます。


それがどんなに世の中を悪くするルールであってもです。


ただルールで決まっているから、周りの人間がやっているから、または実行しないと自分の地位が危うくなるから、そんな理由で多くの人が何も考えずに言われるままにやった結果、人類史に残る惨劇を残したのです。


先ほどは極端な例を挙げましたが同じようなことは現在でも行われています。


わかりやすいのが日本語学校の出稼ぎ留学生や技能実習生の問題でしょう。

多くの日本語学校や企業が違法労働者によって支えられているにも関わらず、問題解決に向けて努力しているような学校や企業はほとんど見受けられません。


彼らの多くは善人なのですが、思考力がないのか自分の安定欲しさか、会社組織のルールのままに一生懸命働いています。


彼らが間違った場所で努力しているせいで、問題解決どころかブラック企業や違法日本語学校を生きながらえさせているのです。


このように思考なき善人はいつの時代も悪気なく悪の片棒を担いでいるのが常なので、我々もこうならないように常にルールや固定観念、時に法律さえも疑ってかかる必要があるのです。



「『善良で正しい人たちは、誰を最も憎んでいるのか』創造する者を最も憎んでいるのだ。石版を壊す者を、古い価値を壊す者を破壊者を最も憎み、ーー犯罪者と呼んでいる。なぜなら善人たちはーー創造することができないからだ」


「創造する者」とは言うまでもなく時代を変える発明や発見をしたり、イノベーションを起こす天才たちのことです。


思考なき善人にとって彼らの言動は自分の理解や常識からかけ離れているため理解できず、時に嫌悪の対象になり得ます。

なぜなら、天才による発明やイノベーションによって思考なき善人たちは職や地位を追われる場合だってあるからです。

産業革命によって失業した職人たちが機械打ちこわし運動をしました。

スティーブ・ジョブズやアマゾン創始者のジェフベゾス もイノベーションを起こすたびに既存の業界や時に部下たちからも激しい抵抗を受けました。

先日もタクシー業界がUverや自動運転車導入に反対するために抗議デモを行ったことは記憶に新しいと思います。

<『天才を殺す凡人』>



特に日本人はルールを愚直に守るように教育されますが、常識を疑う思考力を養うことや起業してイノベーションを起こすことに関しては及び腰な人が多いようです。


そのためルールや常識を破る天才は排除されやすいとも言えるので一見突飛に見える行動を起こす人のことを一方的に排除しないように注意しなければなりません。


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2019.07.15 | コメント(0)
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