日本語の構造を再考する|日本語3.0

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日本語の構造を再考する


良質な日本語教育を行うためには学習者にとって日本語が
どのように見えているのだろうかと
日本語の構成を客観的に見つめ直すことが大切である。


今回は日本語の構造を見直し、学習者にどのように見えているのか
考察した。


<日本語>金田一春彦



「春が来た」という文はいくつの語に分けることができるか。
次の二つの見方ができる。

(1)「春/が/来た」(3語)
(2)「春が/来た」(2語)


(1)は「春」「が」と「来た」の3語から構成されている
と考える立場である。


具体的には「春」という名詞に「が」という格助詞、「来た」という
「来る」の過去形から構成されるということである。

換言すれば名詞は膠着的に表現され、動詞は屈折的に表現される、
という捉え方であり日本語文法で主流となる考え方である。

なお「膠着(こうちゃく)」の「膠」とは「ニカワ」であり、
主に魚の骨や皮から作られた昔の接着剤である。


日本語では格助詞がこの膠のような役割に見立てられ
「が」「を」「で」などはどの名詞に接続されても
それぞれの意味に変化は生じない。


一方、日本語の動詞は屈折語の様相を呈する。

屈折語とは語幹を軸として付属語が変化することによって意味が
変化する性質を表す語である。


例えば動詞「書く」であれば語幹が「kak」で活用語尾が
「e, kou, ita, ite, itara」と付随することによって意味が変わるのである。

このような活用語尾は一般に「助動詞」と言われている。


一方(2)は「春が」と「 来た」の2語で構成されているという立場である。


具体的には「来た」の役割の解釈は(1)と同じだが、
「春」という名詞に「が」という主体の役割を表す
活用変化語尾が付属したと考える、つまり名詞も
膠着語として捉える立場であると言える。


(2)のように名詞が活用変化を起こすという考えは
日本語文法において主流ではない。


日本語、または国文法においては名詞には膠着要素である格助詞が
接続され、動詞には屈折要素である助動詞が接続される。


つまり、日本語は膠着語と屈折語両方の要素を備えた言語である
という捉え方が主流である。

とはいえ実際、世界の言語の中には名詞が活用変化を起こす言語も存在し、
学習者の国籍によってはこの捉え方の方がわかりやすい場合もある。


このような捉え方があることに留意しておくことは学習者を
指導する上で有益だろう。

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2019.04.20 | コメント(0)
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