学習者が習得困難な項目の1つに形容詞がある。
日本の形容詞は「な形容詞」と「い形容詞」の2種類があり、
その上、否定形、過去形でそれぞれ違う活用形を取る。
そのため発話の際にはまず「な形容詞」と「い形容詞」を判断し、
過去なのか未来なのか、肯定、否定を判断したのちにさらにそれぞれの
活用形を想起して発話すると言うプロセスを踏まなければならない。
『みんなの日本語』ではこれらの事案が考慮されず一度にたくさんの
形容詞が出てくるため、学習者の負担をうみ、定着に結びつかない。
『みんなの日本語T』
『みんなの日本語U』
また、形容詞はその種類によっては過去形、非過去形の区別がない用法がある。
@「自慢するわけじゃないけどね、あのシーンはよくできてたよ。
リアルだった。そう思わない?」『ダンス・ダンス・ダンス』
@’「自慢するわけじゃないけどね、あのシーンはよくできてたよ。
リアルだ。そう思わない?」
@の下線部の過去形が原文であるがこれを@'のように非過去形に直しても
違和感はない。
このような現象は形容詞の中でも質的形容詞と呼ばれるものにおいて見られる。
質的形容詞とは特性を表す形容詞のことで、主に述語の位置に現れる。例えば
「大きい」「深い」など具体的な時間に縛られることのない人や物の
内的あるいは外的な特徴をもつ形容詞である。
どういった場合に過去形と非過去形の入れ替えが可能になるのか
今回はそれらの問いに統一的な答えを導くように試みた。
福嶋(1997)は質的形容詞を
A.直接経験を表す非過去形
B.直接経験を表す過去形
C.一般化された非過去形
D.一般化された過去形
の4つに分類し、BとCの場合にのみ過去形と非過去形が入れ替え可能である
と結論づけている。
具体的な説明を試みる。
「A.直接経験を表す非過去形」とは以下のようなものが挙げられる。
A(発話時に北海道にいる状態で)
北海道は寒いよ。
B(発話時に女性を見て)
彼女はきれいだよ。
これらの文では発話時において直接的経験中の非過去形つまり現在形をとり、
過去形を採用することは原則できない。
A'北海道は寒かったよ*
B'彼女はきれいだったよ*
しかし、Aの非過去形は時間が経てばBの過去形を採用される。
「B.直接経験を表す過去形」は過去自分が経験したことを話す場合であり
以下の例が挙げられる。
C(北海道に行っていた人が)
北海道は寒かったよ。
D(昨日、田中さんを見た後で)
田中さんはきれいだったよ。
このようにAとBは「寒さ」と「きれいさ」を経験した時間に差があり、
過去形と非過去形を入れ替えると不自然になる。
C'先週、北海道に行ったんだけど、寒いよ*
D'昨日、田中さんに会ったけど、きれいだよ*
では「C.一般化された非過去形」と「D.一般化された過去形」
はどうだろうか。
「C.一般化された非過去形」は次のような事例が挙げられる。
E象の鼻は長い。
Fあの女優はきれいだ。
このように「C.一般化された非過去形」は普遍的な事実を描写したものであり、
具体的な時間に縛られていない、現在も続いている特性について述べているため、
現在形を用いるのが自然である。
(象の鼻は一般的に長く、女優も現在まできれいである)
では「D.一般化された過去形」に該当するのはどのような事例が
考えられるだろうか。
Gきれいだったが死んでしまった人について
女優の田中さんはきれいだったよ。
H宮本武蔵について
宮本武蔵は強かった。
CとDはAとBのように過去形と非過去形を入れ替えることができるだろうか。
E'象の鼻は長かった。
F'あの女優はきれいだった。
このように過去形にすると世界中の象の鼻は今は短く
女優は今は亡くなったか、きれいじゃなくなったという意味に変わり、
入れ替えることはできない。
また「D.一般化された過去形」の例であげたGとHは非過去形にはできない。
G'きれいだったが死んでしまった人について
女優の田中さんはきれいだ*
H'宮本武蔵について
宮本武蔵は強い*
つまり、「C.一般化された非過去形」と「D.一般化された過去形」は
状態が変わらない限り入れ替えることはできないのである。
では「B.直接経験を表す過去形」と「C.一般化された非過去形」は
入れ替え可能だろうか。
2つは表面上は過去形と非過去形であり対立している。
C(北海道に行っていた人が)
北海道は寒かったよ。
D(昨日、田中さんを見た後で)
田中さんはきれいだったよ。
E象の鼻は長い。
Fあの女優はきれいだ。
今まで見てきた通り「A.直接経験を表す非過去形」と
「B.直接経験を表す過去形」はテンスの対立であり、同じように
「C.一般化された非過去形」と「D.一般化された過去形」もテンスの
対立であった。
「B.直接経験を表す過去形」と「C.一般化された非過去形」の対立の
要素な何なのだろうか。
この2つは条件付きで過去形と非過去形の使用が可能になる。
C(北海道に行っていた人が北海道にいない状態で)
北海道は寒かったよ。
C''(北海道に行ったことがない人が北海道にいない状態で)
北海道は寒いよ。
このC''の文は「A.直接経験を表す非過去形」で挙げた
A(発話時に北海道にいる状態で)
北海道は寒いよ。
のテンス対立とは明らかに違う、つまりC''は
「(一般的な話として)北海道は寒いよ」
という一般論的な意味である。
Dのケースも同様で下の2つの文は入れ替えても可能である。
(田中さんを見た後「田中さんはどんな人?」ときかれ)
田中さんはきれいだったよ。
(田中さんを見た後「田中さんはどんな人?」と聞かれ)
(一般的な話として)田中さんはきれいだよ。
身内で田中さんを知っている人たちが「田中さんという女性はきれいだ」
という事を認識しており、一般化していればこの2つは
過去形と非過去形が入れ替え可能になる。
要するに福嶋は「B.直接経験を表す過去形」と「C.一般化された非過去形」は
テンスの対立ではなく、その事が一般的かどうかという認識の対立だと
結論づけているのである(1997)。
つまりBが一般化しうるものであればCの非過去形に変換できるし、
Cの一般化された事実を直接経験していればBの過去形にもできるのである。
<まとめ>
以上、質的形容詞をテンスと認識の概念から検討し、
なぜ過去形と非過去形が入れ替える事が可能になるのか考察した。
結果、両者が入れ替えられる場合は
「B.直接経験を表す過去形」と「C.一般化された非過去形」対立において
Bが一般化しうるものである場合とCの一般化された事実を
直接経験している場合であると結論づけた。

ただし、福嶋の結論と考察には談話の文脈によっては
若干差異が出ることも確認した。
次回はこの差異が何でどういった要因から生じるものなのか
考察を試みたい。
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