読後 『魔法の世紀』落合陽一 〜天才科学者が創り出す未来とは?〜|日本語3.0

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読後 『魔法の世紀』落合陽一 〜天才科学者が創り出す未来とは?〜



現代の魔法使いこと落合陽一氏の処女作。



氏の本は近著の「日本再興戦略」がありますが、
本著はコンピューターの専門用語などが多く出てきて
一番難しいと感じました。


まず表題の「魔法の世紀」とはどう言う意味でしょうか。


もし、江戸時代の人が現代にタイムスリップしてきたとしたら
我々の生活を見てどう思うでしょうか?


車や飛行機を見て
「何であんな大きな鉄の塊が走ったり飛べたりするのか」

携帯を見て
「何であの小さい箱で世界中の人とコミュニケーションできるのか」

まるで魔法を見ているかのような感覚を覚えるでしょう。


いえ、我々現代人もスマホの仕組みや車のエンジンの仕組みを理解し、
説明できる人はほとんどいないでしょう。


仕組みやシステムをよく知らないまま使っていますが
発達しすぎた科学は魔法と変わらないのです。



ではもし我々が未来にタイムスリップしたら
どんな状況になっているのか。


それが
落合氏が提唱しているのがデジタルネイチャーという概念です。


我々の世代はパソコンやタブレット、スマホなどの
コンピューターに囲まれた時代、つまりユビキタス世代です。


そうではなく今度はコンピューターが自然に溶け込んでしまう世界、
それがデジタルネイチャーです。


具体的にはスマホの代わりに耳につけられたチップを押すと
目の前にPCの画面がホログラムで出る、といったものでしょう。


あるいはドラゴンボールのスカウターのようなものが
今のスマホやPCの代わりになっているのかもしれません。


実際にVRは販売されています。





現在、ポストスマホをどの会社が作るか
世界中の名だたる企業が必死になって開発しています。


かつてWindowsのマイクロソフト、
現在スマホのアップルが桁違いの利益を上げているように
情報媒体のプラットフォームを確保すると爆発的に
利益を稼げるからです。


<メディアの歴史>

情報伝達ツールは古くから壁画や彫刻の文字や絵です。

しかし、壁や石を木や棒で削って文字や絵を掘る、
というのは大変労力が必要なことで、一般性は低いものでした。


次に土器や土偶という手段が登場しました。


壁や石に比べ粘土で変形させやすくなり、
文字や絵を掘りやすくなりました。


これにより参入障壁が下がりそれまでよりも多くの人が
土器や土偶に情報を残せるようになりました。


さて、次のイノベーションは紙の発明です。


紙の発明によって筆で絵を描くことが可能になり、
子どもでも情報を残せるようになりました。


白いカンバスに様々な色彩で絵がかけるため
絵で表現できる世界観も広がりました。


また字を読める人は絵には残せない複雑な情報を
受け、伝えることが可能になりました。


もちろん字を覚えるというハードルがあり、
それができるのは一部の知識人でしたが、
その分多くの情報量を管理することが可能になったのです。


これにより一段と知の蓄積ができるようになり、
紙を使う国は飛躍的に発展しました。



次のメディアイノベーションは写真です。


風景画や人物画を正確にかつ即座に保存可能になりました。


カメラという小型の媒体が失言し、絵よりももっと簡略化、
大衆化しました。


それから映像が出てくるまで50年とかかりませんでした。


壁画やカンバスの絵だと時間までは表現できませんでしたが、
動画によって即座に正確に時間感覚まで保存できるようになりました。


このようにメディアは大衆化して来たのですが、
もう一つ重要なのは可搬性が上がる、つまり
持ち運びしやすくなったのです。


壁画や土器は情報機器として持ち運びするには
かなり不便でしたが、現在はスマホにまで発展し
動画も写真も保存し、編集までできるようになりました。


こうした歴史の変遷を経て現代のように
子どもでも情報発信者になれる時代になったのです。


そしてスマホの次がデジタルネイチャーということです。


さてここで注意していただきたいのですが、
それぞれの技術者がメディアによって細分化されているということです。


どういうことかというと
写真ができたからといって画家がみんないなくなったかというと
そうではなく本物は生き残っています。

もっと昔からある彫刻家もそうです。


映像クリエイターが出てきても生き残っている写真家は
存在しています。


一般に技術革新によって職が奪われるといいますが、
長い目で見ればそうではなくむしろメディアの選択の幅が
増えているのです。


したがって、現在の映像技術が進化し3Dの映像クリエイターが
出てきても2Dの映像クリエイターは残るということです。


大事なのはどのゲームが自分に最も適しているのかを選び
その分野でトップになるということです。


<どうやってポストスマホを実現するのか?>

さて、では落合氏はデジタルネイチャーをどういった形で
実現しようとしているのでしょうか。


驚くべきことに落合氏は数年前から構想し
かつ実現させていました。


僕が本書で一番感動し、驚いたところなので
少し長いですが引用します。


「従来のメディア装置の発想では視覚に属するとされていた光が
プラズマの場に浮かび上がることで位置とエネルギーを制御されて
触覚的に体験できるのです。

 ここではもはや光が視覚に音が聴覚に対応するような単純な
関係ではなくなっていることに注目してください。

 僕がこういった作品で目指していることーそれは人間の感覚器の
感覚に合わせて作られた従来のメディアの定義を、物理現象の
本質に遡ることで、新しい定義へと更新することです。・・・

 ここに重要な視点があります。つまり、私たちの感覚器程度の
解像度にすぎない領域からコンピューターを解放することで、
物質が本来持っている性質が再現可能になるということです」




つまり、動画や画像を表すための解像度を変えることで
絵や映像、感覚までも現実世界に再現させられるというのです。


実際に落合氏はそういった技術を駆使して
触れる光、鉄を宙に浮かせる、超音波で物を動かす
ことを実験し成功させ、個展まで開いています。


これを数年前までに気づき、実現させているというのだから
驚きです。


天才科学者の手によって20〜30年後の我々は今の時代を振り返り、
「スマホなんてあんな小さい見にくい画面で見てたんだね」

そう漏らしているかもしれません。



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2018.03.27 | コメント(0)
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