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映画「ジョーカー」 〜ネット社会の恐ろしさについて述べた作品〜

話題になったジョーカーを見てみました。

「ジョーカー」


私見を述べるのでネタバレになるため、その点を留意してこの先を読んでいただければと思います。

<あらすじ>

主人公は精神疾患持ちの独身男性で、社会に適応できないいわゆる社会不適合者です。

常に生きづらさを感じつつもピエロの扮装をしてコメディアンとして小さな劇場や小児病院でささやかな笑いを届けて生活の糧を得ていました。

道化の扮装をするときだけが社会に必要とされている実感を得ることができ、小さな生き甲斐でした。

しかし、あるとき出来心から職場に銃を持ち込んでしまい、その仕事をクビになってしまいます。

扮装が唯一の拠り所であったにもかかわらず、それで社会とのつながりが切れてしまい、主人公は絶望の淵に追いやられます。


失意の底にいる際地下鉄で絡まれた3人組のエリートサラリーマンを勢いで銃殺してしまいます。

ところが深夜であったこととピエロの扮装をしていたことで容疑者が特定されず、事件の捜査は難航します。

「自分は罪を犯してもピエロでいる限り罰せられない」

主人公はピエロの扮装に新たな生き場所、つまりジョーカーという存在意義を得るのです。

これにより主人公の行動のタガが外れ、気を許していた友人、果ては母親と次々に手にかけ、出演したテレビ番組で司会者を銃殺するまで至ります。

司会者が銃殺される番組が放送されるや否や非難が高まるかと思いきや驚いたことに町中にピエロの扮装をした人たちが溢れ、暴動を起こしているのです。

その暴動の渦中で成功者の象徴である市長がピエロに扮した群衆の1人に銃殺されてしまうのです。

で、最初のジョーカーである主人公は群衆の中で祭り上げられ、ヒーローになるのです。


<所感>
なんともユニークで不気味な作品でしたが、これは現代社会をよく表しています。

すなわちピエロの扮装がネット上の匿名アカウントを指し、ジョーカーはその扇動者を表しています。

SNSでの誹謗中傷や犯罪が問題になっている昨今ですが、顔が見えなければ当然よからぬことを企む人間も増え、果ては犯罪にまで行き着きます。

この辺り最初は軽犯罪から次第に重犯罪に手を染めていったジョーカーの心理と似ています。


実社会では犯罪になるようなことがネット上ではその境界線が曖昧になりうるため、ネット上で誹謗中傷をしても加害者側は罰せられない場合も多くあります。


ジョーカーがテレビ番組で司会者を銃殺した際に非難殺到するかと思いきや町中にピエロの扮装をした人が溢れ、犯罪に溢れていました。


それだけジョーカーと同じ境遇に置かれていた人、つまり社会に生きづらさを感じている人が多いということです。

「自分たちは真面目にやっているのに何故こんな目にあうんだ」
「富を搾取している奴がいるからだ」
「金持ちはどうせ悪いことをしているに違いない。そいつを糾弾しろ」

そうやって富裕層に怒りの矛先が向けられ、市長の暗殺へ行き着きます。

これから急速に社会が発展するとともに置き去りになる人々が増えていくことでしょう。

そんなとき群衆はどんな行動に出るのか、社会問題に一石を投じたユニークな作品です。

2021.07.21 | コメント(0)

正しい努力の方向はどう見つけるべきか 〜物事を諦めるタイミングなど〜

前から書こうと思ってつい後回しになっていたテーマについて書きます。

ズバリ「成功するための努力の方向性」についてです。

ありきたりなテーマに聞こえますが、具体的にどの分野でどのくらい勝負すれば成功、あるいは清光の道筋が見えるのかまで言語化できている記事などは少ないように思ったので今回はそれをテーマとして取り上げます。


これを理解していないと大事な人生を無駄にしてしまう恐れがあるので最後まで読んでほしいです。


一般に成功するためには継続、諦めないことが何より大事だと言われているし、実際にそうです。

しかし、ただ無思考で続けていれば必ず成功するのかというとそうではありません。

ずっと売れないミュージシャンや画家、プロになれなかったサッカー選手予備軍、彼らはみんな努力しなかったのかというとそうじゃないはずです。

中には最大限努力を重ねたけど、なおその高みに到達できずに人生を終えた人も多くいるのです。


努力は確かに大事ですが、残念、残酷ながら努力ではどうにもならないことがあるのも事実です。

では努力プラス何が重要かというとテーマにも掲げているその方向性です。


島田紳助氏が吉本の養成所の公園で話していた有名な内容がYoutubeでバズっていたのでそれを紹介します。

「全て才能やで。なんの仕事も。才能にも5段階、努力にも5段階あって才能ある人間が5の努力をしたら5・5=25で最高点の結果がでる」


あらゆる分野で成功した紳助氏の言うことだから説得力があります。

能力がある分野で努力しなければ目立った成功は訪れないのです。

「努力する」「頑張る」ということは自動的にできるようになるので今日は「才能の見つけ方」にフォーカスしたいと思います。


実は成功するためには次の二つの点を踏まえた上での努力が必要になってくるのです。

1、取り組んでいて充実感や楽しさを感じるか。
2、あなたの能力が世間に認められるか。


順に見ていきましょう。


1、取り組んでいて充実感や楽しさを感じるか。

「才能がある分野を見つけなければならないと言ってもその才能が見つからない」

そんな人は多いと思います。


そもそも才能とはなんでしょうか。

僕は真に情熱や楽しさを感じられる分野だと考えています。

楽しいと言っても一日中ギャンブルや酒、女浸りになるような一時的な快楽ではありません。

むしろ決して楽ではなく大変に思える時もあります。


クリスチャーノ・ロナウドやメッシなどのいわゆる天才もサッカーをやっていていいことばかりではないはずです。

思ったようにプレーできない、マスコミや世間からバッシングされる、怪我に悩まされる、パパラッチに付き纏われる、などの困難もあります。

それでも諦められずに壁を乗り越えていった先に今の彼らの地位があるのです。

子供の頃ゲームなどの遊びに興じた経験があるならその感覚に近いかもしれません。

ゲームをやっていて思い通りにいかずどうしてもクリアできないステージや技があり、その難しさを克服した先に味わう達成感。

そんな困難の中でも情熱や楽しさを感じられる、それこそがあなたの才能なのです。

挑戦してみて苦痛でしかなく蓄積も感じない分野での努力をしているのならそれはあなたの道ではありません。

あなたのためにも周りのためにもよくないのでやめましょう。



2、あなたの能力が世間に認められるか

情熱の対象が見つかったら1年間は続けてみましょう。

もちろん、できる範囲の力で全力でです。


なぜかというといくら情熱を注いでも世間が認められなければそれで生活していくことは難しいので、あなたの才能を買ってくれる人がどのくらいいるのかを検証しなければならないからです。

1年で成功できるとまでは言いませんが、成功の筋道は立ちます。

サッカーや野球などのスポーツだったら、監督やチームメイトから「お前うまいな」と評価されるだろうし、ブログやYoutubeであれば「いい記事、動画ですね」とコメントで書かれたり、一円の広告収入が入ったり、シェアされたりするはずです。


僕の例で言うととにかくアルバイトが苦手で言われた通りにやるということが理解できませんでした。

後から入ってきたアルバイトの人よりも覚えが悪くお荷物的な存在でした。

従業員として成功しない体質だったのでしょう。

しかし、日本語教師になってからはどのクラスの学生のアンケートからも「授業が面白い」と声をいただき、時には他のクラスの学生が見学に来るほどでした。

ブログを始めたら「わかりやすい」というコメントがきてYoutubeを始めたら2ヶ月でチャンネル登録者数が700人超え、コメントも好意的なものばかりです。

もちろん、僕よりすごい成果を上げている人は多くいるので慢心はできませんが、きっとYoutubeでも成功するだろうと信じています。


あなたがいくら情熱を注いでいても世の中があなたの能力を欲していなければ稼げないし、成功もしません。

そして、世間に受け入れられるか否かは発信してみなければわかりません。

何度も強調しておきたい点が、できる範囲で全力でかつ1年くらいは続けると言う点です。

できる範囲で全力でやらなければ後になって「いやぁ、仕事が忙しかったから全力でできなかったんだよ」なんてつまらない言い訳をする羽目になります。

全力でやってダメだったからこそきっぱり諦めがつくのであり、そうじゃなかったらいつまでもダラダラ続けなければなりません。

またある程度継続しなければ世間があなたの才能を認知できません。

「鬼滅の刃」や「キングダム」などの大ヒット漫画でさえ連載始め当初は人気が出ず、それどころか打ち切りの危機に陥っていたのです。

もし、作者がその段階で諦めていればその後の日本のエンタメ、漫画市場の活況はなかったでしょう。

少年漫画というある程度知名度のある媒体ですら1年以上かかるということは我々一般人はもっと時間がかかるかもしれません。

それまで続けるのは確かにしんどいですが、既述しましたが1年くらい続ければあなたの才能を認める何らかのメッセージが届くはずです。


それを糧にすれば必ずその先に花咲く未来が待っていることでしょう。


以上、成功する努力の方向性について語ってみました。

参考にしていただけると幸いです。


それでは!

2021.07.17 | コメント(0)

今から日本語教師がYoutubeを始めるのは遅いのか? 〜「 オリジナルズ 」後発者の方が優位である〜

「今から日本語教師がYoutubeを始めても遅いんじゃないでしょうか_」

何か新しいことを始めようとするとき必ずそう言う人がいます。

「今から〜を始めても遅い」

挑戦者に対する周囲からの批判定型文です。

皆さんも一度は言われたことがあるかもしれませんが、実際どうなのでしょうか。

今日はこういった批判を覆す、後発者利益について話そうと思います。

まず、結論から言うと今からYoutubeをはじめ、他のSNSを始めることは全く遅くありません。

確かに先行者が優位な点は多くあります。

Youtuberやインスタグラマーなど初期に始めた人たちは根強いファンを抱え、今もずっと第一線で活躍しています。

誰もいない海を見つけてそこに大量の魚がいれば得られる収穫も大きな物でしょう。

しかし、その海に魚が住んでいない場合もあります。

インターネット黎明期に多くのスタートアップが参入しましたが、同時に死屍累々たる敗者も生み出しました。

Googleが出る前にも検索エンジンは多くありましたし、Amazonの前にもECサイトは多くありましたが、そのほとんどが流行らずサービス撤退に追いやられました。

先行者はブルーオーシャンで利益を独占できる可能性も秘めていますが、魚がいないばかりか海の奥底に潜んでいるサメに食べられてしまう恐れだってあるのです。


必ずしも先行者が優位とは限らないのです。

先行者が優位に立てるのであれば後発のGoogleやAmazonの躍進した説明がつきません。

この本に書いてあることが僕の考えをしっかりと言語化されてあって納得できました。

『Originals オリジナルズ』


本書に詳しく書いていますが、後発の方が優位になる場合だってあるのです。

そもそも飽和というのは市場にその商品がすべて行き渡ってしまい、売れない状態、または価格競争が起こっている状態を指します。

日本のデフレが収まらないのは人口減の上に物が行き渡ってしまっているからです。

日産の車とトヨタの車を同時に買う人や一蘭と一風堂のラーメンを同時に食べる人はいないでしょう。

このように物が溢れてくると物質的なものは売れなくなり、価格競争が起こりやすくなるのです。

一方、映画や本、音楽などの形のないソフトウェアコンテンツは飽和があってないようなものです。

なぜなら、映画であれば2本続けてみることもできますし、本であれば2冊買って帰ることもできます。

むしろ大ヒット作が出れば映画館や書店に足を運ぶ人たちが増え、他の映画や本も売れるかもしれません。

その証拠にこれだけ本や映画が溢れているにもかかわらず圧倒的後発の「君の名は」や「鬼滅の刃」は日本の邦画史の興行収入を塗り替えました。

ソフトウェアコンテンツには飽和という概念がないことの証左です。

もちろん、後発組は先行者の失敗に学びコンテンツの質をブラッシュアップしてリリースしなければなりません。

顧客も後発者が動く頃には目が肥えているため先発より質の低いものを提供しても誰も買いません。


まとめると後発組の方がチャンスがある理由は後発組は先発者の失敗に学び改善を重ねた上でコンテンツを発信できる、コンテンツの市場は飽和がないのでいくらでもチャンスは転がっている、というところです。

「今からYoutube、Instagramを始めても遅い」という言説がいかにナンセンスかがわかってもらえたかと思います。

そういう人は何か新しい物が出てきた時は「胡散臭い」と言って切り捨てています。

要するにやらない言い訳を探してるんですね。

そういう人の意見は気にせず、あなたはあなたの道を切り開いていきましょう。

それでは!

2021.07.14 | コメント(0)

日本語教師は広告収入でも稼げない!?  〜Youtubeに挑戦して2ヶ月目〜

4月下旬からYoutubeでの動画投稿を始め、2ヶ月目になります。

今回はYoutubeに取り組んで学んだ結果の忘備録として、またこれから始める人のために記しておこうと思います。

今後、コロナが収まったとしてもオンライン化に伴い日本語学校の経営はますます厳しくなっていくことでしょう。

その際、自らの力で道を切り開いていかなければならないのですが、Youtubeも一つの重要な手段となってきます。

生計を立てようとする人にとっては大切な話になってくるので必ず最後まで読んでほしいと思います。

1、Youtubeの再生回数では稼げない

結論、Youtubeのアドセンスで稼ごうと思っている方は諦めた方がいいと思います。

理由は二つあります。

一つは媒介語で日本語を教える動画を作る場合、日本や英語圏よりも広告収入が高い国がないというのが理由です。

日本人が日本国内で発信する場合、英語かスペイン語、フランス語などヨーロッパの言語でかつ使用人口が多い言語で発信しようと考える人がいるでしょう。

その方が広告単価も高いので理にかなっているように思えます。

しかし、当たり前ですがYoutubeというのはグローバルプラットフォームなので自国以外の人が見ているのが普通なのです。

日本にいると日本語の壁に阻まれて感じにくいのですが、アメリカ人Youtuberでもアメリカ人のファンよりブラジルやトリニダードトバコに多くのファンがいたりというのが普通にあることなのです。

なので英語で教える動画を投稿しても必ずしも英語圏の人が見ているとは限らずアフリカや南米、東南アジアなど広告単価の低い国の人々が見ている可能性だってあります。


ヒンディー語で発信しているKohさんという方がいますが、彼は200万人の登録者がいて収益が日本のそれよりはるかに低く日本でようやく生活できるレベルだと本人が述べています。

彼のチャンネルの動画は結構再生回数も多いのに驚くべきことです。



二つ目はYoutubeのビジネス構造の変化です。

これは日本語業界に限らず、Youtubeで再生回数を稼いでお金を稼いでいくという形が古くなっているのです。

コロナ禍でYoutubeを見る人も増えたのですが、参入者の増加ペースが増えて視聴者を取り合う形になっているのです。

結果、発信者が視聴者を取り合う形になっており、全体的に再生回数が下がっているのです。

アメリカではすでにそうなっていましたが、コロナ禍で日本でも世界全体のYoutube市場でも再生数減が加速しました。

この流れはそう簡単には変わらないでしょう。


2、自分の商品を持て

海外発信の場合広告単価も見込めないし、おまけに世界的に再生回数が落ちていて絶望的なようにも思えますが、落胆することはありません。

何か商品を持ち、それを売るために発信するということであれば非常に優位に立てます。

例えばItalkiで日本語を教えている先生はYoutubeで個人レッスンの宣伝をすれば見た人が授業の予約をしてくれるかもしれません。

僕は自分の動画教材を販売しており初めて2ヶ月目で数人がサブスクに入ってきており、かなり可能性を感じています。

商品を作るのが面倒なのであればあなたが勤めている学校や他の学校、またはオンラインプラットフォームに「学校の宣伝をします」と営業をかけるのもありです。

今コロナでオンライン授業の需要が高まってるわけですから、困ってる日本語学校に営業をかけていけば一つくらいは引っかかるかもしれません。

またYoutubeにはメンバーシップ制度というものがあり、月額で特典をつけてメンバーになってもらえればサブスクでずっとお金が入る仕組みを作れます。


3、教授法は「行動中心アプローチ」がおすすめ
またネット上では日本語業界隈で「行動中心アプローチ」か「文型シラバスかという論争が時起き巻き起こってますが、結論行動中心アプローチの方がいいと思います。

理由は2つでまず文型には限りがありますが、行動には限りがないため結果多くの動画を作れます。


もう一つは取り込める市場の広さからです。

文型シラバス的な視点から動画を作るとタイトルやサムネは「『は』と『が』の違い」とか『〜について』の意味」などになると思いますが、それらのキーワードを検索するのはもう日本語についてある程度知っている学習者だと考えられます。

初級の学習者は「について」などは知り得ないわけですからそんなキーワードで検索できません。

したがって行動中心アプローチの観点から動画を作り、タイトルやサムネを「日本語での注文の仕方 How to order in Japanese」などにした方が検索されやすいと考えられます。

どんな業界でも初心者が1番市場が広いので多くの市場を取り込めるのです。


4、Youtube上のキャプションは教科書体より明朝体

教科書体で書くというのが通説でしたが、我々が目にする本、ネット上の文字のほとんどがブロック体で、教科書体を目にすることなどほとんどないのではないでしょうか。

かといってあまり凝った文字にはしないほうがよく学習者がネットなどで目にするブロック体が1番いいでしょう。


以上、Youtube初めて2ヶ月で学んだことを忘備録がわりに書き記してみました。

仮説的な部分もあってこれから検証すべき部分も多いですが、実践してもし間違っていたら修正し、また報告しようと思います。

では!

『Youtube革命』

2021.06.18 | コメント(0)

教育者、指導者必読の本 〜モンテッソーリ教育、灘中授業の実践方法〜

今日はいろいろ読んだ本の中で教育に関する本で絶対に読むべきだと考えた本についてご紹介したいと思います。

この記事を読んでくれている人の中には教師やコーチだけでなく部下を持つ上司や子育て中の親御さんなど様々な立場にあると思いますが、なかなか正解がなく、思い悩む日が多いと思います。

これから紹介する本はそんな迷えるあなたに何らかの指針を示してくれるでしょう。


1、組織、チーム運営に悩む人

ティール組織〜人を育てるのは人ではなくシステムである〜



ティール組織という現代組織論について述べた本で、従来型の組織の変遷をたどり、それぞれの特徴、メリットとデメリットについて述べてあります。

現代のように変化の激しい時代の中では意思決定に時間がかかるピラミッド型組織の限界について触れてあり、ティール組織という新しい組織形態を提案してあります。

ティール組織とは社員は雇われではなく一人一人に経営権、意思決定権、責任が付与されることで主体的に動くようになり、そうすることで会社も成長し、報酬も上がるというまさに夢のような組織です。

会社組織だけではなく教育現場での例も挙げてあります。

ティール組織を導入した学校はクラス制度や時間割というようなものも廃止され、教師と学生という役割すら明確ではありません。

何か秀でた物があればみんなが先生になり、学生同士が教え合うのが日常で教師はどうしても学生がつまずいた時にのみ手を差し伸べます。

つまり教師はティーチングではなくコーチングが主な仕事です。

システムが子供を、いや教師をも育てているのがティール組織です。

経営者にとってはもちろん上司にとっても教師にとっても学びの深い一冊です。


2、子育て、対人関係に悩む人への指南書

「嫌われる勇気」〜子供を褒めるな、叱るな〜



大ベストセラーになったアドラー心理学をもとにした思想を説いた本で人生に悩む青年がアドラー心理学研究者が悩みを打ち明けるという内容です。

この本を一言で要約するなら

「承認欲求こそが全ての不幸の源で一切捨ててしまい、見返りを求めずに周囲に奉仕すること」

であり、これを実践せずして幸せにはなれないと哲人は述べています。

自分がコントロールできるもの、つまり自分ができることのみに集中することと換言してもいいでしょう。

その考えを踏まえた上で「子供は叱ってもいけないし褒めてもいけない」など今までの常識を覆すような理論とその衝撃的な理由も述べられています。


青年が哲学者に相談するという対談形式のため一方的な押し付けにならないところもおすすめの理由です。
「子供の才能を伸ばす最高の方法モンテッソーリメソッド」〜藤井聡太、Google、Facebook創業者が受けていた教育〜



モンテッソーリとはフランスの教育学者の人が提唱した教育論で、子育ての目的を一言で言うと「子供の興味関心を見つけること」であり親がすべきことは「子供のやりたいことを邪魔せずに手助けをする」と言うことです。

藤井聡太棋聖やGoogleの創業者ラリーページ、Facebookのザッカーバーグなども幼い頃形は違えどこのモンテッソーリ教育を受けています。

確かに子供の頃に興味の対象に出会い、人生を捧げるきっかけができればその後の人生の充実度や成功確率も格段に違ってくるでしょう。

子供のやることなすこと全てに口出ししている親御さんをみますが、ご自身も家事や仕事があるのに大変じゃないでしょうか。

もちろんただ放任するのではなく子供を見守り、必要な時に手を差し伸べる、これが子供にとっても親御さんにとってもベストな教育方法なのです。



3、指導者、上司のための指南書

「アオアシ」〜選手を生かすも殺すも指導者次第〜
『アオアシ』


サッカー漫画で愛媛の田舎からプロサッカー選手になるため東京のユースチームに入団した主人公の話です。


従来のサッカー漫画と大きく趣を異にする(と言ってもサッカー漫画に詳しいわけじゃないんですが)点がいくつかあります。

例えばみんなが経験していて感情移入しやすい高校サッカーではなくユースチームを扱っている点や主人公がFWではなくDFである点が挙げられます。


そして個人的に最大の特徴だと思うのが、主人公を指導する監督、指導者の在り方にも焦点が当たっている点です。

この監督は元プロでスペインで活躍した伝説的な選手ですがその後若くして怪我で引退を余儀なくされ、その後指導者に転身、若干30代半ばであるものの監督としても頭角を表しているというまさに天才です。

この監督の指導法がとにかくユニークで面白く、かつ理にかなっているため選手たちがぐんぐん成長していくのです。


「指導者は直接教えてはいけない。自分で考えさせて答えに辿り着かせることに意義がある」
「練習にも質ってもんがある。長時間ダラダラしても意味がない」
「考えて考えて言語化しているといずれ考えなくても正しく動けるようになる」


など教育者、指導者なら刺さる教訓が多くあります。

他にも選手の特性を的確に見抜き、最も適切なタイミングでアドバイスしたり、1番実力を発揮できるポジションにコンバートしたりとまさに名指導者なのです。

おかげで選手たちから絶大な信頼を経ており、全国の少年たちは一度はこの監督の指導を受けたたいとこのユースチームの選抜試験を受けに来るのです。

この漫画を読み込めば指導者、教育者として後進にどう接すれば良いのか大いに学びがあるはずです。


「人を動かす」〜人を想いのままに動かす方法〜



1937年に出版された歴史的ロングセラーで多くの成功者が推薦している本ではっきり言って成功のための自己啓発本はこの本だけでいいと言い切ってもいいでしょう。

本書の内容を一言で言うと「具体的には人を褒める」これだけでいいのです。


なぜ褒めるのが大事なのかと言えば成功するためには自分が努力するのはもちろんですが、自分の時間は24時間と限られています。

ここでキーになるのが、いかにして他者の協力を得るかということです。


他人の時間を使うことで48時間、72時間と使える時間が増えていき成功確率がぐんと上がるからです。

他者の時間を使うためには人を褒めて「この人のために働こう」と思ってもらうことなんですね。

「褒めるなんて簡単じゃん」そう思った方は分かっていません。

褒めると言うのはとても難しいものです。

なぜなら相手の長所を的確に見抜き、然るべきタイミングでわかりやすく相手に伝えなければならないからです。

「褒めて長所を伸ばす」ことはビジネス界だけでなく教育界においても重要な要素になってくるので、本書は十分応用可能なので一読の価値はあるはずです。

読んで具体的な褒め方を学びましょう。



4、語学

「冒険家メソッド」〜先生も学校もいらない語学学習方法〜



語学に関する教育本で一押しなのがこの本で、特筆すべき点は「SNA」という真新しい概念が提唱されている点です。

SNA(ソーシャル・ネットワーク・アプローチ)のことで「これからの時代SNSを通じて勉強できるので、学校も教師も必要ない」という過激な物です。

実際、今の時代留学などしなくてもTwitterで英語で発信していればフォロワーさんが勝手に英語を訂正してくれたりします。


具体的なSNSやICTツールの使い方は本書に書いてあるので一度ご査証いただきたいのですが、これからの時代教師の役割としては学習環境を整えたり、学習者の個性や学習進捗度に合わせてネットツールを紹介することだと本書で述べられています。

学習者にとっても教師にとっても学びの多い本です。

日本語学校でも大学でも「学生の質が下がってきた」と嘆く先生は多いですが、SNSでの学び方を知らない、または自習できない行動できない学生がいくので質が下がるのは当然です。

これからもこの傾向は続いていくので時間を無駄にしないよう正しい方向で努力するために本書を一読するのがおすすめです。



5、先人の知恵に学ぶ
「学校と社会」デューイ 〜学校の在り方〜



学校システムの矛盾を喝破し、学校は本来どうあるべきかを解いた本です。

学校は社会に出る前の準備機関であるべきでそのためには社会の縮図であるべきである、と言うのがデューイの本書での主張です。

今まで上げてきたような学校の問題点を喝破し、現代的な教育論を100年以上前に論じていた人がいることに驚かされました。


「世に凄む日々」〜天才教育者吉田松陰の教育メソッド〜


明治維新の功労者は大きく薩摩と長州に分かれますが、長州
歴史小説で主人公は吉田松陰、松下村塾を創設して2年ほどの間にこれだけ多くの人材を生み出したまさに教育者の象徴とも言える人です。

物語を通して彼の教育手法について詳細を知ることができるし、どのような生い立ちでどのように思想を育んでいったのかを垣間見れます。


「奇跡の授業」〜脱線だらけの授業に込められた意図〜



『灘中 奇跡の授業』

灘高の国語教師、橋本武さんの授業について取り上げられています。

灘高といえば日本でも有数の新学校で中の下まで東大に合格する年もあるそうですが、橋下さんの国語の授業では「銀の匙」と言う小説を一年通して読むと言うユニークなものです。

なぜ一年もかかるかというと物語の途中で駄菓子が出てきたら駄菓子を持ってきてみんなで食べ、草仮名が出てきたらみんなで覚えてみたり、漢詩が出てきたら漢詩を暗記させたりなど文科省の方針を全く無視した、受験と全く関係のない教授法を取っています。


追体験させて入り込ませることでその物語や時代に興味を持ってもらうのが狙いで、彼のおかげで学生が古典、日本語に興味を持ち、結果灘高の国語の成績も全国トップを叩き出していたのは多くの人が知るところでしょう。


以上、おすすめの教育書について紹介してきました。

やはり成果を上げている教育の最大公約数をとってみると以下のことが言えそうです。

・教師は教えるのではなく環境を整えることに専念する
・教師は学習者にその分野について興味を持ってもらえる工夫をする
・親や教師、指導者は学生や子供に裁量権と自由を与えるが同時に責任も与える

ぜひ参考にしてみてください。

それでは!

2021.06.12 | コメント(0)
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