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世界最大級のFacebook 日本語コミュニティ とは?

こんにちは!

このブログでは常日頃から「これからの時代、一斉授業は廃れてオンライン動画の自学自習が主流になると述べていますが、その試みを6年ほど前からはじめ、実現させているグループがあります。

Facebook グループの「日本語コミュニティ」がそれです。

日本語
https://www.facebook.com/groups/The.Nihongo.Learning.Community

このコミュニティは学習者の自律学習の支援目的として創設されたもので、学習者が自由に質問を投稿し、プロの日本語教師の先生が回答するというものです。

設立当初から順当に規模を伸ばして今やなんと5万7000人の学習者と200人弱のプロ日本語教師が参加しているグループで、Facebookの日本語関係のコミュニティで世界最大級の規模を誇っています。

僕も数年前からこのFacebookの日本語コミュニティに教師チームとして参加させていただいていますが、グループリーダーの方のしっかりとしたグループ管理が奏功し、学習者も教師も非常に高い質を保ったまま拡大ペースに追いついています。


このグループの管理人が吉開章さんで本業は電通の社員でありながら「やさしい日本語」普及という国プロにも携わっていて、日本語教育能力検定試験にも合格しており、その辺の日本語教師より説明が上手く、つい最近は著書も出版、という一体いつ寝ているのか、一体何人存在するのかってくらいの仕事量と成果を上げておられる方です。

<「やさしい日本語」 吉開章>


そんな吉開さんが今度zoomで

「Facebook コミュニティで世界の学習者と日本語教師をつなぐ」

というテーマで講演を行うそうです。

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吉開さんにもお会いしたことありますがとても柔軟で頭の回転が早い方なので面白いお話が聞けるのではないかなと思います。

コロナで国内の日本語学校が壊滅的な打撃を被り、休職に追い込まれている日本語教師の方も多いと思います。

数年前から最前線を走っておられる吉開さんのお話を聞くことで未来の教育の形が見え、次の一手を打つヒントが得られるかもしれません。

では!

2021.01.21 | コメント(0)

なぜ「雨に降られた」は良くて「財布に落ちられた」は不自然なのか?  〜読後「言語学の教室」〜

<認知言語学とは何か?>

「昨日、財布に落ちられました」
「昨日、雨に降られました」

能動文はそれぞれ「昨日、財布が落ちました」「昨日、雨が降りました」で、これらの文は間接受け身(別名「迷惑の受け身」)と言われるものです。

文法的には間違っていませんが、前者の「昨日、財布に落ちられました」は不自然に思えます。

どちらも無生物の主語であり、自分が迷惑を被った際には間接受身にできるはずですが、なぜなのでしょうか。


実は間接受身にするためには「受苦、諦念、他者性」の3つの条件がそろわなければならないのです。

「昨日、雨に降られました」は3つの条件が揃っていますが、「昨日、財布に落ちられました」は他者性がありません。

自分で管理できており、自分に過失があるため間接受け身を使えないのです。

言語を習得するためには語彙と文法の知識が必要なのですが、そのような言語知識の理解を深めたとしても日本語には文法的には間違っていないものの不自然に思える文が多くあります。


文法や言語知識だけでなく心理、認知的な観点から捉えようという考え方をするのが認知言語学の分野です。

今回は「言語学の教室」を参考文献に挙げながら認知言語学がどういったものなのかについて説明を試みます。

西村義樹「言語学の教室」



<認知言語学とは?>

認知言語学はもともと生成文法のアンチテーゼのような形で生まれてきました。

生成文法とはチョムスキーが20代の頃に発見した概念で簡単にいうとなぜ人間は少ないインプットから言語を習得できるのかと言う問題提起から創設された理論です。


認知言語学も生成文法も言語習得を可能にする知識を解明するという点で共通しており、さらにその知識は心の仕組みの一環であると見なす点でも共通しています。

しかし、生成文法では細かく知覚とか記憶などを考慮して言語知識を説明する必要などないという立場です。

言語を話す上で確かに心は影響するが、あくまで言語知識や文法とは独立したものであり、心的機関というものが別個存在するというのがチョムスキーの主張です。

意味や認知などは時代によって変わるためできるだけ排除し、客観的に文法や語彙を研究しようというのがチョムスキーの考えだったようです。


対して認知言語学では言語知識や文法は不可分なものだという立場を取ります。


例えば「AさんはBさんを殴った」も「BさんはAさんに殴られた」と聞いてあなたは同じ意味だと思うでしょうか。

表現している事象が同じなので同じ意味だと捉えるのが生成文法の立場で、違う意味だと捉えるのが認知言語学です。


つまり、生成文法では受け身形という文型(というより文法全体)に意味や知覚が含まれず、客観的なものだと考え、対して認知言語学では文法や語彙にも主観的な知覚や意味が含まれていると考えます。


<メトニミーについて>

「村上春樹を読んでいます」
「自転車をこぐ」
「鍋が煮える」
「パイプが詰まる」

我々が何気なく使っているこのような言葉は全てメトニミー、つまり比喩と呼ばれるものです。

上のメトニミーは具体的には以下の事実を言い表します。

「村上春樹の作品を読んでいます」
「自転車のペダルを漕ぐ」
「鍋の中の具材が煮える」
「パイプの中にゴミが詰まる」

しかし、こう言い換えるまでもなく日本人であれば同じ情景を思い浮かべることができるでしょう。

我々はなぜメトニミーを使うのでしょうか。

認知言語学ではこのメトニミーにこそ言語では言い表せない人間の認知能力や意識が表されていると考えるのです。

例えば「鍋が煮える」を例に取るとあなたはどんな光景を思い浮かべるでしょうか。

おそらく鍋のふたがグツグツ音を立てて沸騰し、お湯が吹きこぼれている様子を思い浮かべるのではないでしょうか。

しかし、「鍋の中の具材が煮える」と聞くと肉や野菜が鍋の中でひしめき合ってグツグツ音を立てている様子を思い浮かべるのではないでしょうか。

つまり前者は鍋全体に、後者は鍋の中の具材に焦点が当たっているのです。

「パイプが詰まる」と「パイプの中にゴミが詰まる」も同様です。

「パイプが詰まる」と聞くと水が流れなくなってしまってパイプが機能しなくなっている様子を思い浮かべます。

つまり詰まっているのがゴミかどうかわからずパイプ全体に焦点が当たっている状態です。

一方「パイプの中にゴミが詰まる」は空洞の中に髪の毛や残飯が詰まっている様子、つまりゴミに焦点が当たっています。

そしてその焦点を「は(主題)」の前に持ってきて発話します。

先ほどあげた「雨に降られました」も同様で、能動文では「雨が降りました」ですが「困った」という気持ちに焦点を当てれば「雨に降られました」と言うわけです。


このように我々は何を目にするか、何に注目するかで微妙に表現を変えているのです。

メトニミーはそんな人間の無意識を表しているのです。

皆さんも普段使っているメトニミーに意識を払って少し考えを巡らせてみてください。

2021.01.15 | コメント(0)

日本語教師の給与が上がらないのは無料ボランティアのせいなのか。

先日、Twitterでこのようなツイートが流れてきました。

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プロカメラマンの人でどうやら「無料で成人式の写真を撮っている人がいるから自分たちの仕事がなくなってしまう」と非難しているようです。

こう言った話は定期的にさまざまな業界から流れてくるものです。


日本語教育業界でも日本語をボランティアで教える人がいるから日本語教師の給与がいつまでも安いままだという人が多くいます。

実際、日本語教師の57%がボランティアだというデータもあります。

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/nihongo/nihongo_87/pdf/r1408014_11.pdf
(文化庁)

これだけ多くのボランティアがいたら確かに学習者は無料サービスに流れてしまうような気がしますが、実は仕事がなくなるのも給与単価が上がらないのも無料ボランティアのせいではありません。


なぜならそもそも日本語のボランティアだけでなくコンテンツの価値は無償化しているからです。


今やSNSでは無料で日本語が勉強できるコンテンツが溢れており、意欲のある学習者は自分のペースで好きな時間に学習を進めることができます。

無料ボランティアの存在と関係なく有料コンテンツであればその価値を差別化しなければ給与単価を上げるのは難しいでしょう。


自ら差別化せずに自分の給与を上げるためには無料のコンテンツを全て削除し、全体の57%いるボランティア日本語教師の行動を制御し、ネット上にある無料の日本語コンテンツを全て削除しなければなりません。


そんなことができるのでしょうか。



日本語教育の質を担保するために日本語教育を公教育化して公金で日本語教員を雇えば学習者のためにもなるという人もいますが、むしろ無料コンテンツや無料で日本語を教えてくれる人がいる方が学習者のためになるはずです。

そもそもコロナで空前の経済的打撃を被っている中政府が日本語教育にお金を出すのか甚だ疑問です。


こんなことを言ってると「日本語公教育整備のために尽力している人たちの努力を何だと思ってるんだ」と怒られるんですが、その努力に本当に生産性があるのかを見つめて欲しいのです。


世の中や他の人の動きを制御しようとするよりも自ら努力をしたほうが効率的なのではないでしょうか。


無料でやる人がいるから給与が下がっているのではなくもともと負けているんだということを自覚して地道に自分の価値をあげていった方がいいでしょう。


では、どう努力すればいいかというとSNSで学習者向けに発信して自己プロデュースし「この先生に習いたい」と思ってもらえる教師になるしかありません。

村上先生の本にも書いていますが一斉授業は効率が悪いため学習者はSNSで語学を学ぶようになってきています。

「冒険家メソッド」


だったら教師側も学習者が集まっているところに行くしかありません。

Twitterで日本語教師同士で繋がるのもいいのですが、これからは舵を切りアジアでの利用者が多いインスタグラムやFacebookをで外国人向けに発信する方がいいでしょう。


大晦日にライジンがありましたが、朝倉未来やシバターのような格闘家Youtuberが自らチケットを売りさばいて話題をかっさらい、大幅に視聴率が上がったそうです。

サッカーポルトガル代表のクリスチャーノロナウドはインスタグラム1投稿で得られる収益がクラブ収入の数倍あるそうです。

プロスポーツ選手も日本語教師同様、プロでもなかなか生活は厳しいものです。

したがってみんなSNSで自己プロデュースして価値を上げる努力をする人が勝者になっているのです。

時代は変わってきているのです。

政府や他の人の動きを期待したり制限かけようとするのではなく自分で動きましょう。

それでは!

2021.01.10 | コメント(0)

2021年の目標 〜日本語教師の皆さんの支援に回ります!〜

あけましておめでとうございます。

去年はどんな年だったでしょうか?

はっきり言って僕にとって今年はだいぶ試練の年で日本語の動画教材を完成させることができず、悶々とした日々を送っていました。

10月に中国進出する予定だったのですが向こうの社長が飛んでなくなったので、延期になってしまっていたのです。

しかし、大晦日も元旦もサボらず作成作業を続けていたため着実に完成に近づいています。

そこで、今年の目標を立てました。

まあ、1年の目標なんて世界がどうなるかわからないから意味ないかもしれないんですが、現時点での努力の方向性を示すこと自体は悪くないはずなので、以下の3点を目標に掲げて頑張ろうと思います。

1、日本語の動画教材販売
2、作成した動画をもとにフランチャイズ契約
3、Youtube チャンネル復活

詳しく説明します。


1、日本語の動画教材販売

Udemyとshopifyで動画教材の販売を始めようと考えています。

shopifyはデジタル商品も販売できるようなので、それで動画をサブスク販売し、一定数になったらUdemyで販売しようと思います。

もちろん、授業に限らずコンテンツは無料化していく傾向にあるので苦戦が予想されるので工夫は必要です。

例えば週1回の会話の時間を設けたり、質問コーナーを設けたりすると言った試みは必要でしょう。


2、作成した動画をもとにフランチャイズ契約

動画販売を自分だけではなく自分のメディアを持っている日本語教師の方にも提供し、そのロイヤリティをもらおうと考えております。

学習者は安価で日本語が勉強できるし、僕にとってもその先生の収入にもなりますし、三方良しの授業スタイルです。

以前ブログにも書きましたが、学習塾業界はすでに一つの映像授業を全国配信し、いつでも授業をみられる状態にして、学生は解いてきた問題を見てもらったり質問するために塾に来るというスタイルが主流になってきています。

塾で授業を聞くという形は廃れており、僕は日本語業界もそのようになる、またはならなければ生き残れないと思っています。

すなわち学習者はいつでも好きな時間に安価で授業を視聴でき、会話授業でアウトプットしたり質問する、そんな教育にシフトしていくと踏んでいます。


この方法を採用していけば出稼ぎ留学生の問題や日本語教師の待遇問題も改善するので、僕は全力でその方向に舵を切るつもりです。


3、Youtube チャンネル復活

自分の商品を販売するためにYoutubeを復活させようと思います。

復活というのは4〜5年前やっていたのですが、なぜか垢BANされたてしまったので、諦めずにもう一度挑戦するということです。

と言ってもアジア圏の人たちに日本語を教える動画を発信しても得られる広告収入は雀の涙なので自分のチャンネルで自分の教材の宣伝がメインになります。

Youtubeはもう遅いなんて言われていますが、それは芸能やビジネスの話で教育系はまだまだ伸び代があると思っています。

芸能やビジネスは流行り廃れが激しいですが、教育系というのはロングテールで5年後に日本語学習者がゼロになっていなければ視聴者は取れます。

と言っても文法や語彙の説明をするだけでは視聴者は集まらないので、若干エンタメ要素を入れる予定です。

詳しくは言えませんが、お楽しみいただければと思います。


では今年もよろしくお願いします。

2021.01.04 | コメント(0)

読後 『銃・病原菌・鉄』 ジャレド・ダイヤモンド D 〜文字が生まれたことで世界はどう変わったか?〜


だいぶ間が空きましたが、「銃・病原菌・鉄」の最終章を書きます。

『銃・病原菌・鉄』 ジャレド・ダイヤモンド


前回記事

読後 『銃・病原菌・鉄』 ジャレド・ダイヤモンド D 〜欧米が新世界を侵略できた理由〜
http://hayato55.com/article/185115880.html?1609862391

人類はアフリカで生まれその後ユーラシア大陸、南北アメリカ大陸と移っていったのですが、なぜかユーラシア大陸が先に発展しました。

その理由は地理、環境にあるというのがこの本の主張です。

つまり、ユーラシア大陸は東西に長いことが要因で、東西どこに移動しても緯度が同じであれば育つ食物や生活できる動物も変わらないため伝播させやすいということでした。

ユーラシア大陸には農耕や家畜も伝播し、多くの人口を養える地域が増えました。

伝播するごとに土着文化と混じり、イノベーションが生まれ発展するという好循環が生まれたのです。

逆に南北に長いアメリカ大陸では少し南に行けば気温が全く変わり、そのため育つ食物や動物、海産物も違うため伝播しなかったのです。

その証拠に南アメリカの家畜や農産物は南北に伝播しなかったかもしくは伝播するのに非常に長い時間を要しています。

このことは過去記事でもまとめてきました。

ユーラシア大陸の発展をさらに推し進めた要因、それが文字です。

文字によって情報が保存できるようになったことでその社会は大きく変わりました。

先人の叡智や遠くや最新の情報を知ることができ、さらに新たな知見を書き足すことで情報をアップデートできました。

後世の人は生まれながらにその知見を利用でき、さらに蓄積させていくことで社会の発展に大いに貢献しました。


戦においてもその地形や環境、大集団の長は文字によって細かく指示を出せ、占領後の統治も行えました。

文字がある社会とない社会では雲泥の差が出てきました。

現代においても文字のない社会は存在しますが、発展している国の全てに文字があることを鑑みれば文字が発展に寄与したことは疑うべくもありません。


社会が複雑化すると文字が必要になるのですが、インカ帝国や北米大陸の原住民の社会など比較的高度な社会でも文字を持たなかった社会があります。


近くにあるメキシコ文明の文字があるにも関わらずです。

インカ帝国には1500年ごろまで文字が伝わらなかったのかというとやはりそれも環境が大きな影響を及ぼしているということです。

南北アメリカは険しく高い山脈に覆われており、海や湖も多くあり、これらが文字を伝える人の足を阻みました。

西アフリカの社会に文字が伝わるには広大な砂漠地帯を越えなければなりません。

ユーラシア大陸で濃厚や牧畜の文化が伝わったのと同様に東西に長いことが文字の伝播にも貢献したということです。


しかし、ユーラシアといっても近代において大きく発展したのはヨーロッパのみで東に行くにしたがって近代化に乗り遅れました。

中でも古代中国はユーラシア大陸で発展し、火薬や製紙技術なども誕生し、15世紀初頭にはインド洋を超える大航海を達成した国でしたが、近代化して以降大きく遅れを取り、植民地支配を受けるまでになりました。

イスラム圏の地域にも同じことが言えます。

一つ考えられるのは政治体系です。

中国は官僚制が幅を利かせ、海洋進出反対派が派遣をとることで海洋進出を禁止され、内向きの政策が敷かれました。

中国政府の決定が中国大陸すべてに及ぶため、中国政府の発展がそのまま大陸の発展に直結します。

イスラム圏においても衰退した原因のうちの一つは近年まで金利をとることの禁止されていたことが金融の発展を妨げた要因と考えられますが、それによってイスラム圏の国全てが政策の影響を受け、発展が遅れました。

それによって最初に文明が勃興したメソポタミア地域は衰退したのだと考えられます。

一方ヨーロッパは小さな国に分断されているため、ある国で禁止されたことも隣国では取り入れられると言ったこともあり、それがいいものであれば周辺国でも取り入れられると言ったことがあり得るのです。

結果、ヨーロッパ全土が切磋琢磨するような形で発展したと考えられます。


長く歯応えのある本でしたが、それだけに読み応えがあり、著者の発想や思考力に楽しまされる良書でした。


ぜひ読んでみてください。

読後 『銃・病原菌・鉄』 ジャレド・ダイヤモンド @ 〜なぜ近代以降世界に覇を唱えたのが欧米なのか〜
http://hayato55.com/article/184424860.html?1538808859

読後 『銃・病原菌・鉄』 ジャレド・ダイヤモンド A 〜人類は食料生産をいつどこで始めたのか〜
http://hayato55.com/article/184597214.html?1542009749

読後 『銃・病原菌・鉄』 ジャレド・ダイヤモンド B 〜なぜメソポタミアで食糧生産が始まったのか〜
http://hayato55.com/article/184924708.html

読後 『銃・病原菌・鉄』 ジャレド・ダイヤモンド C 〜なぜユーラシア大陸が先に発展したのか〜http://hayato55.com/article/184937001.html

2020.12.26 | コメント(0)
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